退蔵院方丈襖絵プロジェクト Taizo-in Hojo Fusuma-e Painting Project

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【襖絵完成の目標について】

投稿・絵師  村林由貴

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2016年・秋。
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襖絵完成の目標について、お知らせがあります。

先月、退蔵院副住職・松山大耕さんと話をして、
『この2年間で筆をとめることをMUSTにしよう』と決めました。

( 当初は2014年の秋を完成予定としていましたが、先に妙心寺内の塔頭・壽聖院 [通常非公開] の襖絵を描かせていただくこととなり [昨年・壽聖院の襖絵は完成] 、これから退蔵院の襖絵に取りかかる運びとなりました。
※近々、プロジェクトのこれまでの流れを要約して投稿致します。)

2年間で退蔵院方丈の襖絵64面を描ききる。

これは難題関門であることも重々承知で、本当は自分がその時そこに辿り着いているのかと考えると、言葉にするには恐れ多くて、緊張して…心臓がばくばくします。

でも、この2年は私にとって20代最後の2年間でもあって。
この区切りを目標とすることに、志を決めました。

何かの間違いだったのか、運命だったのか…分かりませんが、
どう考えても私には大き過ぎる役目なのに、この手に託して信じて支えて下さる方々に恵まれて、本当に有り難く幸せに想っております。

2016年・秋の完成を胸に、
学ぶ心尽きることなく・険しき山も諦めず・耕すことを怠らず、日日精進して参ります!!

完成を心待ちに応援してくださっているみなさま
どうぞ引き続き、プロジェクト共々よろしくお願い申し上げます。

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【中国・桂林に行ってきました】

投稿:絵師 村林由貴

お久しぶりです*

今日の投稿は、最近の出来事として【桂林に行ったごと】と、

次の投稿にて、【襖絵完成の目標について】大切なお知らせをお伝えしたいと想います。

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桂林
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2014年11月6日。
私は中国・桂林へ行ってきました。

「桂林山水甲天下(桂林の山水は天下一)」。
“まるで水墨画の山水風景” とも言われる地。

その景色を自分が絵に描きたいというより何より、
“古人がどんな景勝の地を想い眺め描いたのか。”
この眼で見て、少しでも知りたいなと想いました。

山水風景を眺めゆく “漓江下り” では、桂林から陽朔までの83kmの道のりを約4時間半かけて船でゆっくりと進みました。

私が行った時は、小雨と中降りを繰り返す天気…!

雨風に立ち上がる霧は、山を覆ったり、離れてそれを讃えたり。
もしくは山が息深〜く吐き出した塊が、空中にほどけるようでした。

尖っている山、角張っている山、円みを帯びた山、穴の空いた山…。
日本にはない景色。
一山一山、表情様々に聳え立ち、連なったり抜きん出たりしたりしながら、粛々と在りました。

私の方は船の上で、風に折りたたみ傘がひっくり返ったり、ジーンズが雨でびしょびしょになったりしながらも、巡り会う景色に心はすっかり惚れ込み眺めておりました。

今まで山水画を観ても、「図」という枠から歩み寄れない感じがありましたが、今は以前より、そこに流れる空気や山肌を想起出来るような気がして、なんだかそれだけで幸せで…。

まずはそれだけでも、行って良かったなぁと心から想っています。

 

↑  20元札の風景を背景に、現地ガイドさんに撮ってもらいました♪

 

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【2014年の歩み:④:これから】

投稿:絵師・村林由貴

ここに書いたことは、これまでのほんの一説に過ぎません。
書ききれない沢山の方々の教えに恵まれて、私は今少しずつ歩ませていただいています。

これからの課題としては、より深く水墨画の世界に入るべくその法を学び、そこから改めて自分を実らせることにあります。

結局その必要性が、春から感じていた大きな壁の存在だったのだと気づきました。

今の私は、“線は葉を成し、葉は生きるように…”と、水墨表現の基礎である蘭の葉から始めていますが、恥ずかしくも未だ一度も満足な一筆で描けたことがありません。。
自分は線が得意な人間だと思っていましたが、全然そんなことありませんでした。
線で何かを形つくり描くのではなく、線それ自身が何かになる様にと拘り、これほどにお手本との落差を痛感したのも人生で初めての様に思います。果てしなく長い道のりです。

けれどこれまでにも、どんなに道が長く感じた時も思い出す一言がありました。

退蔵院に来た当初、作務もやったこともなく、必死にやっても遅くて鈍くて焦っていた時のこと。

半年間、退蔵院で一緒に過ごさせていただいた、今は山梨県・恵林寺にいらっしゃる古川周賢老師さまに
「ゆきちゃん、大丈夫。遅くても丁寧にやったらいい。早さは後から身に付くけれど、丁寧さは一度許すと後から身に付きにくいものだからね。」
と声をかけていただいて、救われる想いでした。

きっと蘭の葉も、丁寧に描いて描いて描いてこそ、その先にひらひら舞う自由さと軽快さが待ってると信じて、今日も明日も頑張っていくしかないなと思っています。
雲水さんがおっしゃって下さった様に、ひと呼吸ひと呼吸、一筆一筆新鮮な気持ちを心得て。

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【おわりに】

言葉の表現が至らない上に、とても長文の投稿となり申し訳ありません。
そんな中でも最後までお付き合いくださいました皆様、本当にありがとうございます。

器用なタイプではないので(泣)、きっとこれからも更新がまだらになってしまうことと思いますが、これからも温かく見守っていただけましたら幸甚に存じます。

今日はひとつの区切りと思い、この場を借りて8ヶ月間の経過をお話させていただきました。

いつも、傍から遠くから応援してくださっている方々に、心より感謝申し上げます。
引き続きプロジェクト共々、よろしくお願い致します。

 

退蔵院 絵師・村林由貴

 

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【2014年の歩み:③:6月と7月】

 

投稿:絵師・村林由貴

 

6月と7月。

これまでの経験や先人たちの残した書籍、様々な角度から思想や学びを膨らませては、構想やスケッチに励んでいました。もう春のような迷いや切迫感からは離れられていました。それは、「逃げずに受け入れる。進む。信じて貫く。」そう覚悟しようと、5月の修行で思えたからかも知れません。

7月17日。
今年は1月の一番寒い時期の修行を体験し、今度は7月の一番暑い時期の修行へと向かいました。
読んでくださっている皆さまに誤解がないように…、お伝えさせていただくと、私は「修行する」ことを目的に参加させていただいている訳ではありません。

参加する理由は初心から変わることなく、
「全ては禅の世界を描く為に、自分で触れて体験してみなければ描け得ないことや、老師さまにお尋ねするべきこと、必要な環境がそこにあってのこと」なのです。

7月の一週間は梅雨の名残で蒸し暑く、時には雨も降りしきり、最後の二日間は変わって夏晴れの猛暑でした。

夜中3時過ぎの起床。未だ暗い曇り空に隠れる月。一日の始まりを告げる鈴や鐘の音。
堂内に響くお経の声と、明け方一番に鳴きだす蝉の声。
坐禅しながら滴る汗。蚊の近づく音。明るくなっていく空と差し込む光。
ボーボーに生えた雑草を皆で引き続け、全身の毛穴から汗が吹き出る。
その後に吹くかすかな風が、身体に涼しさを届けてくれる気持ちのよさ。

そんなことを感じながら、ひとつひとつの行いに心と身体を尽くしてゆく。

私はある坐禅のひと呼吸に、とっても幸せを感じました。
身体の姿勢や体内の管が一筋にピタっときて、心も身体もその呼吸に集中できる状態が整ったかのような瞬間だったと思います。
でもそれも束の間、一度だけでした。
同じ身体で自分自身なのに、その筋は微妙なズレでその後も見つかることはありませんでした。

修行を終えたあと、長年ご修行なさっている雲水さんとお話させていただくと、以下の様に仰ってくださいました。

「坐禅は、毎回フレッシュな気持ちでやった方がいいです。自分の経験上、一度いい呼吸ができても、それを追い求めると、できないことにイライラしてしまったりしてしまいます。でも本当は自分が気づかないうちに、身体の状態も疲れも常に変化していますから。」

追い求めたり、執着することはない。今そのままに在る自分で、今を味わう。

それは坐禅に限らず、色んな面で活きてくる言葉とお教えでした。

あとに加えて、「自分の経験上なので、村林さんに当てはまるかどうか。えらそうに、すみません。。」と、恭謙に述べて下さるお姿にも、頭が下がる想いでした。

暑く晴れ上がった夏空の下、沢山のことを吸収して私は京都へと戻って行きました。

 

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【2014年の歩み:②:5月後半の2週間】

投稿:絵師・村林由貴

5月17日。
私はまだ画法の進め方も見出せぬままに、また一週間坐禅修行に静岡へと向かいました。

そこには、4月にお寺に入られたばかりの新頭さんの姿があり、期間中には何度も先輩方に怒られながら、必死に走り回り、お経を力いっぱいに詠み、坐禅と坐禅の合間には痛くしびれる足をほぐして、懸命に取り組む姿がありました。

ご指導なさっておられた先輩方のお一人に、3年前私が初めて修行に来た当時に新頭さんで、怒られる姿も度々に見た雲水さんがいらっしゃいます。今回の指導中の厳しさの反面、一週間を終えて他の参加者や私が帰る時には、穏やかに優しく、そして深々とご挨拶くださる姿とその一礼に、いかに修行に努めておられるかを感じました。3年前とは、顔つきも風格も別の方のようでした。

帰る前に、典座さん(お食事を担当する雲水さん)へご挨拶をしに伺った時のこと。

「老師さまの背中を見て、毎日ほんとうに、うっとりしてしまいます。」
典座さんが、柔らかな口調でそうおっしゃいました。

その一言には、老子さまがいかに素晴らしい方なのかも、雲水さんがいかに老子さまに敬仰なさってらっしゃるかも、4年間毎日そう感じてご修行されてきている雲水さんの尊さも…、全てが含まれているように感じました。

私は改めて、今の自分に繋いでくださった様々の仏縁に、幸福が身体中に染み渡るのを感じずにはいられませんでした。

==

一週間の修行を終えた私は、静岡から東京に向かいました。
そして翌日、東京から船で片道約25時間かけて小笠原諸島の父島へ到着し、
更に船で2時間半かけて母島へと向かいました。
こちらも、退蔵院さんを通じてご縁があってのことでした。

島にはたった3泊といった短い滞在期間でしたが、そこで出会った島の方々のぬくもりや自然の姿、そのひと時ひと時が鮮明に記憶してます。

失われそうになっている母島固有種の植物や生物。
それらを必死に守ろうと努める島の方々。

自然と人との関係とは互いに、ほんの少しの行いやバランスの変化によって、守り合うことも時に危機に陥れてしまうこともあると、改めて教わりました。

一週間に一度しか母島に到着しない貨物船。
届くものの種類も数も自然と限られてきます。

「ひとつのアイスを友達と分け合って、おいしいんです。」
「パンも貴重でね。一人で買い占めちゃぁ、ねぇ…。(笑)」
「母島には床屋さんがないんですよ。△△先生、だれに切ってもらった?」
「僕は○○さんです」「あ、僕も!(笑)。あの人上手だよね~。」
笑いながらそんな風にお話してくださる島の方々に、私の心はぽかぽかになりました。

二日目には母島にある唯一の中学校、全学年合わせて9名の生徒さんたちと、触れ合う機会をいただきました。真っ直ぐな瞳で私の話を聞いてくれる姿も、「今度はわたしたちが…」と、生徒さんたち自らが自分の ” 大切なもの ” について一人ずつお話してくれたのも、フラダンスやウクレレを贈ってくれたのも、感極まる思いでした。
彼女たちにこんなにも懸命に、心から言葉や身体を通して表現を届けてもらって…。私が教わることばかりでした。
またいつか会えた時には、かっこいい姉さんになれてるように頑張らなきゃと思いました。

真っ青な空と海。緑豊かに輝く母島の風景。

…と思い描いていましたが、滞在期間は梅雨の時期で大体が霧と曇り空で…。
母島の山を登っても登っても、絶景スポットのはずの眺めはどこも殆ど真っ白でした。

けれどその幽玄たる景色や、山の木々が水滴るように潤う姿は水墨画の情景を想起させました。

その様にして5月中旬から2週間は、一旦京都で絵を描くことから離れ、
静岡と母島で過ごさせていただいた日々が、私に多くの栄養と力を与えてくださったのでした。

 

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